なぜ大学を中退すると成功するのか 生存者バイアスとは
先日、街中で大学中退を考えている学生の会話が聞こえてきて、大学中退の実態が少し気になったので調べてみると、2016年の文部科学省の調査では2.11%の学生が大学を中途退学するとありました。2017年の総務省の調査では、日本全国の大学生の数が286万人となっているので、ざっと6万人ほどは大学を中退するようです。
そこで思い出すのは、先の学生も話していましたが大学を中退して成功した人たちです。
一番有名なのは、マイクロソフトの創業者ビル・ゲイツでしょう。世界一の富豪がそもそも大学中退者なのですから、大学なんて出る必要性を感じないのも納得です。
他には、Facebookの創業者マーク・ザッカーバーグやアップルのスティーブ・ジョブズ。起業家以外では、「ターミネーター」「タイタニック」や「アバター」の監督ジェームズ・キャメロン。史上二人しかいない2年連続でアカデミー主演男優賞を受賞した俳優トム・ハンクスなどなど。様々な分野で世界の頂点に立っている人たちが大学を中退しているので、なおさら大学が無意味に思えます。
しかし本当にそうでしょうか。
ここで気をつけたいのは、サバイバーシップ バイアス(Survivorship Bias)と呼ばれるものです。生存バイアスとか生存者バイアスとか様々な呼ばれ方がありますが、物事を見る時に常に意識しておきたい考え方です。
撃墜されない飛行機の条件
最も有名な例は、第二次世界大戦のヨーロッパ戦線の話です。アメリカ、イギリスを中心とする連合国側はドイツ軍の攻撃により航空機が相次いで撃墜されてしまい手を焼いていました。軍部は航空機の装甲を厚くして対処しようとしましたが、機体が重くなりすぎてしまうため機体全体の装甲を厚くすることはできません。
この問題を解決するため、ある組織に白羽の矢が立ちました。
第二次大戦中ニューヨークのハーバード大学横に置かれていたSRG(Statistical Reserch Group)と呼ばれる組織で、全米から研究者たちが集められて統計学の側面から戦争を戦っていました。のちにノーベル経済学賞を受賞するミルトン・フリードマンですら、この中では4番目に頭がいい男とされるほどの天才集団です。その中で、一番頭がいいと言われていたのがエイブラハム・ワルドという人物。ルーマニア出身のユダヤ人であるため、ナチスを逃れてアメリカに亡命した数学者でした。
軍部からの指示は、このまま航空機の装甲を増やさないと人命がどんどん失われるが、航空機が重くなりすぎて敵の格好の的になるのも困るから、適切な装甲を導き出せというものです。
軍は、戦場から帰還した航空機の分析を行っており敵の攻撃が被弾する場所には偏りがあることがわかっていました。
一番被弾が多いのは機体胴体部、次いで燃料システム、一番少ないのがエンジンです。胴体部は単位面積あたりでエンジンの1.5倍ほども弾丸を受けているというのです。
つまり、全体の装甲を増やせない以上、同じ面積の装甲で1.5倍も攻撃を防げる胴体部の装甲を増やすのが一番効率的という結論になります。
ところが、これが典型的な生存者バイアスの一例で、大間違いなのです。
反対にワルドの主張は、装甲が必要なのは被弾が最も少ないエンジン部だというものでした。
間違いは、戦場から帰還した機体のデータしか見なかったことにあります。無事帰還した航空機が攻撃を受けている箇所は、攻撃を受けても平気なのです。撃墜されて帰還できなかった航空機が被弾している箇所こそ補強が必要なのです。それは、帰還した機体が攻撃されていない箇所ということになります。なにしろ、そこを攻撃されれば帰還できないのですから。
まさに生存者だけを見て判断すると誤るという一例です。
猫は高いところから落ちた方が助かりやすい
もう一つの例は、ニューヨークでビルから転落した猫の怪我の分析結果という話です。
猫がビルから落ちて怪我をする場合、7階より上から転落した方が6階から転落するより軽症で済むというのです。7階より上になると猫が着地の準備をする時間ができるので結果的に軽症で済むという理由付けがされました。もっともらしい説明ですが、もちろんこれも生存者バイアスが原因です。そもそもニューヨークのタワーマンションの高層階から落ちた猫は助からないので、病院に運ばれることはなく初めからデータには現れません。生存者だけから判断してはいけないのです。
中退した成功者も生存者
さて、大学を中退した人が沢山いるように思える成功者たちも、もちろん生存者です。
ビル・ゲイツとは反対に、大学を中退して鳴かず飛ばずの人生を送った人が数え切れないほどいるのです。実際、様々な調査で最終学歴は生涯年収に大きな影響があることがわかっています。生存者だけでなく全員のデータを見れば明らかに大学は卒業したほうが収入が多いのです。
もちろん、収入が多いことや社会的に成功していることと幸せかどうかは別問題ではあるのですが。
さて、ビル・ゲイツはハーバード大学の卒業式でスピーチを頼まれ冗談交じりに以下のように言っています。
「卒業式のスピーチを頼まれてよかった。もし私が入学式のスピーチをしていたら、ほとんどの学生が大学を辞めていただろうね。」
日常に溢れる生存者バイアスには要注意です。